为了生存,诗人不得不用语言和沉默作斗争——谷川俊太郎

谷川俊太郎

1931年生于东京,日本最负盛名的诗人,当今国际诗坛被广泛阅读和最有影响力的诗人之一,被称为日本国民诗人和现代诗歌旗手,同时也是著名的剧作家、绘本作家、翻译家。21岁出版首部诗集《二十亿光年的孤独》,被公认为是前所未有闻新颖抒情诗的诞生。至今,谷川俊太郎已出版八十余部诗集、数十部随笔集、数百部绘本以及六十部诗集和诗选,作品被翻译成数十种语言在世界各地出版。

朝です

寝床の中でまずのびをします

おっくリ起き上がります

おしっこします

新聞を取ってきます

私は微小なパワープラントです

散りかかる落葉のカ

むずかる幼児の涙のカ

遠ざかるロ琴の響きのカ

何気ない句読点の力

おはようのカ

見えないマトリックスが

微小なパワーをむすびつけます

私もそのむすび目のひとつです

テーブルの上に地球が載っています

私は地球と睨めっこです

人参ジュースを飲みます

デスクトップのスイッチを入れます

しばらくぼんやりします

思いがけないコトバが浮かびます

こんなぶうに 水泡のように

早晨

先在被窝里伸个懒腰

然后忽地起床

去尿尿

拿过来报纸

我是微小的发电站

飘散的落叶之力

哭闹幼童的眼泪之力

远去口琴的响声之力

无意的标点符号之力

早安之力

看不见的矩阵

连接着微小的动力

我也是那其中的一个结

地球坐在桌子上

我向地球做鬼脸

喝着胡萝卜汁

打开电脑

发呆了一会儿

意想不到的语言浮现

就好像水泡一样

CHILE. The "Isla Negra" house. 1957.Sergio Larrain
私は私

私は自分が誰か知っています

いま私はここにいますが

すくにいなくなるかもしれません

いなくなっても私は私ですが

ほんとは私は私でなくてもいいのです

私は少々草です

多分多少は魚かもしれず

名前は分かりませんが

鈍く輝く鉱石でもあります

そしてもちろん私はほとんどあなたです

忘れられたあとも消え去ることができないので

私は繰り返される旋律です

憚りながらあなたの心臓のビートに乗って

光年のかなたからやって来た

かすかな波動で粒子です

私は自分が誰か知っています

だからあなたが誰かも知っています

たとえ名前は知らなくても

たとえどこにも戸籍がなくても

私はあなたへとはみ出していきます

雨に濡れるのを喜び

星空を懷かしみ

下手な冗談に笑いころげ

「私は私」というトートロジーを超えて

私は私です

我是我

我知道自己是谁

虽然现在我在这里

说不定马上就会消失

即使消失我还是我

但我是不是我也无所谓

我是少量的草

也许有点像鱼

虽说不知道名字

也是笨重闪耀的矿石

然而不用说我也几乎就是你

即使忘却也不会消失

我是被反复的旋律

心有余悸地踏上你心律的节拍

从光年的彼方终于来到的

是些微波动的粒子

我知道自已是谁

因此也知道你是谁

即使不知道名字

即使在哪儿都没有户籍

我也会向着你逃逸

我喜欢被雨水打湿

我怀念星空

因笨拙的笑话捧腹大笑

超越“我是我”的陈词溢调

我是我

10/1993. GEORGIA. Sukhumi. Abkahzia.Thomas Dworzak
Where is HE?

姿が見えていた夏

声が聞こえていた秋

肩をたたくことのできた冬

そして二度と来なかった彼との春

だが彼はいまもなお繰り返し訪れる

沈黙の彼方から音を連れて

私たちの耳に

目に見えぬ世界からの波動に触れて

かすかに震える鼓膜

音の原子によって創られた

意昧を超えたもうひとっのリアル

そこに彼はいる

新しく生まれる音 甦り続ける声に

すこやかな耳をすまして

Where is HE?

见到他的夏天

听到他声音的秋天

能拍打他肩膀的冬天

然后,永不再来的他的春天

可是,他至今仍反复到访

从沉默的远方带来声音

传入我们的耳朵

触碰来自看不见世界的波动

微微颤动的鼓膜

被声音的原子创造

超越意义的另一个真实

他就存在于此

在新诞生的声音里,在继续复苏的声音里

用健全的耳朵倾听

GB. ENGLAND. London. Whispering wall. 1950. Werner Bischof
「私」に会いに

国道を斜めに折れて県道に入り

また左折して村道を行った突き当たりに

「私」が住んでいる

この私ではないもうひとりの「私」だ

粗末な家である

犬が吠えつく

庭に僅かな作物が植わっている

いっものように縁側に座る

ほうじ茶が出た

挨拶はない

私は母によって生まれた私

「私」は言語によって生まれた私

どっちがほんとうの私なのか

もうその話題には飽き飽きしてるのに

「私」が突然泣き出すから

ほうじ茶におせてしまった

呆けた母ちゃんの菱びた乳房

そこでふるさとは行き止まりだと

しゃくリあげながら「私」は言うが

黙って昼の月を眺めていると

始まリも終わりももっと遠いということが

少しずつ腑に落ちてくる

日が暮れた

蛙の声を聞きながら

布団並べて眠りに落ちると

私も「私」もくかがやく字宙の微塵)となった

去见“我”

从国道斜拐入县道

再左拐走到乡村道路的尽头

“我”就住在那里

不是现在的我而是另一个“我”

有一个简陋的家

狗叫着

院子里种着少许的农作物

我如往常一样坐在屋外走廊上

泡了焙煎茶

没有打招呼

我是母亲生下的我

“我”是语言生下的我

哪一个是真正的我呢

尽管早已腻烦了这个话题

“我”突然开始哭泣

而被焙煎茶呛到

已痴呆的母亲的干瘪的乳房

是故乡的终点

“我”一边抽噎着说

当我默不作声地眺望着白昼之月

开始和结束这些更遥远的

一点点地了然于心

太阳西下

听着蛙声

一铺上被褥入睡

我和“我”就变成了(闪耀宇宙的碎片)

选自《三万年前的星空》,(日)谷川俊太郎著,田原译,南京:江苏凤凰文艺出版社,2018年11月。

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# 题图:IRAN. Tehran. 1997. A. Abbas 局部

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编辑:尘卷

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